階段を降りるとき、手が黒いスチールに触れる。くるりとループして折り返したそのかたち──これは、ル・コルビュジエがマルセイユの集合住宅に設けた手すりを真似たものだ。スケッチを書いて工務店に持ち込み、スチールで造作してもらった。
コルビュジエの設計に惹かれていたのはずっと前からで、ある日それを実際に手元に置いてみたくなった。
ユニテ・ダビタシオンが解こうとした問い
ユニテ・ダビタシオン(Unité d'Habitation)は、1952年にマルセイユに完成したル・コルビュジエ設計の集合住宅だ。第二次世界大戦後、フランスは深刻な住宅不足に陥っていた。その問題にコルビュジエが出した答えが「住むための機械(machine à habiter)」という概念だった。
一棟のなかに337戸のアパートメントと商店、ジム、屋上テラスを詰め込んだ、文字通りの「垂直の街」。個別の住戸を積み上げるだけでなく、共用部に豊かさを与えることで、都市の機能を一棟で完結させようとした。屋上には保育園まであり、住民が生活のほぼすべてを建物の中で完結できるように設計されている。当時は「人間をコンクリートの箱に押し込める」という批判も多かったが、2016年にはユネスコの世界遺産に登録されている。時間が、その価値を証明してしまった建物だと思う。

Photo: Golliday / CC BY-SA 3.0
マルセイユのコンクリートが変えた建築の考え方
建物の外壁に使われた打放しコンクリート(ベトン・ブリュット)は、素材をそのまま見せるという姿勢を示している。仕上げで覆うのではなく、構造そのものを美に変えていく。この考え方は後に「ブルータリズム」と呼ばれる建築運動につながり、20世紀後半の建築家たちに大きな影響を与えた。
コルビュジエが提唱した「近代建築の5原則」──ピロティ、屋上庭園、水平連続窓、自由な平面、自由なファサード──も、この建物に凝縮されている。外観に並ぶカラフルなパネルは「モデュロール」と呼ばれる人体比率をベースにした設計システムを採用したもので、廊下の壁の色使いやドアのデザインも含め、細部にいたるまでコルビュジエの思想が宿っている。

Photo: Minderbinder / CC BY-SA 4.0
ループ状の手すりが残すもの
コルビュジエの建物を特徴づける細部のひとつが、あの手すりだ。上部がくるりとループして戻るそのかたちは、使う人の手を自然に導くためにある。機能的な理由から生まれたフォルムが、どこか彫刻のような印象を残す。
オリジナルとは違う。ただ、あのループのかたちが好きで、手元に置いてみたかった。スチールをあの形に曲げてもらうのは、思ったより手がかかった。完成して取り付けた瞬間、空間の重心がすっと変わった気がした。

自宅に同じかたちを造作してから、階段を昇り降りするたびに設計のことを少し考えるようになった気がする。
毎朝、手がそこに触れる。それだけのことが、住まいの密度をじわりと変えていく。
