壁に、白い引き紐がふたつ下がっている。スイッチはない。ただそれだけがある。
LITAは1950年代のフランスで生まれた照明ブランドだ。戦後のパリでは、バウハウスが広めた「機能と美を両立させる」という思想がインテリアデザインにも静かに流れ込んでいた。その空気のなかで、LITAの照明はかたちになっていった。
LITAのランプが生まれた時代
デザインを手がけたのはJacques Biny(ジャック・ビニー)。1913年、南フランスのヴァランス生まれ。父は装飾左官職人で、兄は建築家になった。パリの国立美術工芸学校(École Nationale Supérieure des Arts Décoratifs)を1935年に卒業した後、しばらくはヴァランスでインテリアデザインの仕事をしていたが、1950年にパリへ移り、照明設計に専念し始める。
その時代のパリでは、家具も照明も「余計なものを削いでいく」という方向に向かいつつあった。工業素材をそのまま使い、機能のかたちがそのまま美になる。バウハウスの思想が、フランスの職人気質と混ざり合って、独特の設計文化を生んでいた時期だと思う。ビニーはその流れのなかにいたひとりだ。
Jacques Binyが削ぎ落としたもの
ビニーの仕事を一言で言うなら「引き算」だと思う。筒形のシェード。最小限の壁付けパーツ。黒いラッカーだけで仕上げた板金。そして引き紐。それ以上のものを、このランプには置かなかった。
当時、照明のスイッチといえば壁に固定するものが当たり前だった。引き紐を採用したのは、電気工事なしに設置できるようにするためだ。コードを隠すのではなく、白い紐と統一することで、視覚的なノイズを消していく。
合理的な理由から生まれた選択が、結果として美しいかたちになっている。

Photo: Thorens-Bini / CC BY-SA 4.0
1953年には自身のブランド「Luminalite」を設立し、生涯で約400のモデルを設計している。ベッドサイドの読書スポット(1957年)をはじめ、ホテルや病院向けの照明システムまで、一貫して「線の簡素さと純粋さ」を軸に仕事をした。多くを語らない設計が、時間を経ても古びない理由は、たぶんそういうところにある気がする。
壁に灯る光と影
点灯すると、光は筒の両端から扇状に広がり、壁に柔らかな影をつくる。この影がいいと思う。均一に照らされた部屋にはない、夜らしい奥行きが生まれる。2本を並べると、左右から来る光が重なり、壁にゆるやかなグラデーションができる。天井の照明とは違う、壁に寄りかかるような灯りだ。

毎晩、紐を引いて灯りをつける。それだけで、一日の終わりがちゃんとした感じになる。スマート照明ではたぶんつくれない何かが、ここにある気がする。
ヴィンテージ市場ではまだ手が届く価格で見つかることがある。状態のいいものに出会えたら、迷わないほうがいいかもしれない。
